更新日:2026.06.08【野毛山物語①】開園前史
【野毛山物語①】開園前史
野毛山動物園は令和9年1月初旬~令和11年前半までの約2年間、大規模リニューアル工事に伴い休園することが決定しました。
野毛山動物園の開園は昭和26年4月1日なので、開園75周年の節目の年に、これまでの歴史に一旦幕を下ろす・・。
なんだか運命的なものを感じてしまいます。
そんな当園では現在、リニューアル感謝前イベントの一環として月ごとに「マンスリー動物」を選び、その動物に関連する写真やエピソードを重点的にSNS等で発信しておりますが、こちらのブログではもう少し範囲を広げ、野毛山動物園全体のこれまでの歴史や出来事について、お届けしていけたらと思います!
さて、現在の野毛山公園付近一帯は、開港当時は野毛の御林と呼ばれ、老松巨木の生い茂る景勝の地でした。
その後明治時代には、茂木惣兵衛・原富太郎ら富豪・富商の別荘地・保養地となりました。

(茂木惣兵衛 1827~1894)
しかし大正12年に、関東大震災により壊滅的な被災を受けてしまいます。
そこで国が、関東大震災復興計画事業の一環として野毛山一帯を整備し、回遊方式日本庭園(現在の動物園地区)、洋風庭園(現在の展望地区)、和洋折衷庭園(現在の散策地区)三区三様特徴ある公園を建設し、この公園を昭和5年4月1日に横浜市が引継ぎ、維持管理を行うようになりました。

(震災直後の桜木町駅付近)

(昭和初期の野毛山公園)
その後、太平洋戦争が激しくなり、野毛山公園も日本陸軍の高射砲陣地として使用され、美しさを誇っていた公園も荒廃してしまいます。
転機が訪れたのは昭和24年。
横浜市主催による日本貿易博覧会が3月15日から6月15日まで開催され、この会場の一部に展示したクマ・タヌキ・キツネなどの動物が意外なほどに喜ばれました。

(日本貿易博覧会の案内図)
この人気を受け、博覧会閉会後の昭和26年4月1日、日本庭園エリアに動物園、洋風庭園エリアに遊園地を備えた「横浜市野毛山遊園地(現在の野毛山動物園)」が開園したのです。(続く)
参考:野毛山動物園のあゆみ(昭和57年3月31日発行)
(飼育展示係長 伊原)