ホッキョクグマ「ゴーゴ」の死亡について(第3報)
この度は、ホッキョクグマ「ゴーゴ」の死亡に関しまして、ご心痛をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。
2月8日(日)のゴーゴ死亡後、解剖所見と麻酔についての振返りを園内で行い、現時点で想定し得る内容をまとめましたので第3報としてお知らせいたします(内容に正確を期するため、あえて専門用語や数値を使用している旨、ご了承ください)。なお、現在、病理組織検査を実施しており、引き続き死因の詳細の解明に向けた確認を進めております。病理組織検査の結果が判明次第、園内外の関係者と情報共有し、整理するとともに今後の対策を検討し改めてお知らせいたします。
今後とも、動物園の重要な社会的役割である種の保全と動物福祉(アニマルウェルフェア)の両立という動物園の責務に真摯に向き合って参ります。なお、第2報でお知らせしましたゴーゴの遺体については、所有権を持つ天王寺動物園に返却する方向で調整を進めています。
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1 解剖所見
(1) 主な病理解剖所見
・肝臓腫大
・軽度の腹水貯留
(2) 病理組織診断
検査会社の結果待ち
(3) 考察
麻酔前および麻酔中における個体の一般状態は良好であり、心停止直前まで明らかな不整脈は確認されず、突発的な心停止が発生した経過でした。また、呼吸器系にも明らかな異常は認められず、呼吸停止後に人工呼吸器も迅速に作動させました。解剖では肝臓の腫大および軽度の滲出性腹水が認められましたが、これらは本症例の直接的な死因との関連は低いと考えられます。
臨床経過および解剖所見を踏まえると、本症例の死因は麻酔関連死が示唆されますが、どのようなメカニズムで死亡に至ったかについては特定することができません。今後、病理組織検査の結果と併せて総合的に評価する必要があると考えています。
2 麻酔についての振返り
(1) 概要
ホッキョクグマの出園に伴う輸送箱収容のため麻酔を実施した。同時にカテーテル法(適したサイズのカテーテルを尿道に挿入し、毛細管現象により自然にカテーテル内に溜まった精液を回収する方法)による採精を行った。麻酔薬にはメデトミジンおよびケタミンを使用し、投与量は当該個体の体重(386kg)から算定していずれも標準的範囲内(メデトミジン50㎍/kg、ケタミン4.5mg/kg)であった。
(2) 麻酔経過
・薬液は麻酔銃にて上腕部筋肉内に投与した。麻酔導入は速やかかつ良好であった。
・麻酔薬投与後16分で不動化を確認し、体位変換および場所移動後に速やかに気管挿管を行い、酸素吸入を開始した。同時にSpO₂※1、ETCO₂※2、体温および心電図のモニタリングを開始し、静脈確保も実施した。麻酔は安定しており、心拍数は80~90 bpm、呼吸数は8回/分、ETCO₂は約30 mmHgで推移した。SpO₂は70~80%と低値を示したが、これまでの当園も含めた国内での麻酔の記録では、ホッキョクグマでは測定値が不安定となることがあり、呼吸状態の評価は主にETCO₂を指標として管理した。血圧は上腕が太く測定困難であったため実施しなかった。
・麻酔薬投与後40分で心拍数が約110 bpm、呼吸数が10回/分を超えたため、急な覚醒に備えた安全性確保のため、イソフルラン2%による吸入麻酔を開始した。その後も麻酔状態は安定し、自発呼吸も確認していた。
・採精補助の目的でクマ類等の動物で一般に使用されている、射精機能を促進させるオキシトシンを投与した。
・しかし、麻酔薬投与後1時間7分経過時に突発的に呼吸停止および心停止が発生した。直ちに人工呼吸器を作動させ、心肺機能の回復のためにボスミンおよびドプラムの静脈投与、心臓マッサージを実施した。AEDによる除細動も試みたが作動せず、自発心拍の再開は認められなかった。
・麻酔薬投与後1時間30分で死亡を確認した。
※1:血液中にどれくらい酸素が含まれているかを示す数値
※2:息を吐き出した最後の部分に含まれる二酸化炭素濃度
(3) 考察
本症例では麻酔中にSpO₂が70~80%と低値を示していました。ホッキョクグマを含む大型野生動物ではSpO₂値が不安定となることがありますが、低酸素血症※3が存在していた可能性は否定できません。大型動物では麻酔下での横臥位において自重により肺が圧迫され、圧迫性無気肺※4が生じることが知られています。無気肺は肺シャント※5を増加させ、換気(血液が二酸化炭素を放出すること)が維持されていても酸素化(酸素が血液に取り込まれること)が低下する(SpO₂低値)一方、ETCO₂は正常域に保たれる場合があります。本症例における「SpO₂低値とETCO₂正常」の所見はこの病態と整合します。低酸素血症は致死性不整脈または急性循環虚脱を誘発し得ることから、本症例における突発的心停止には自重による肺の虚脱に伴う肺シャントおよび低酸素血症が関与した可能性があると考えられます。
一方で、大型動物の麻酔では致死性不整脈、低血圧、循環虚脱等が複合的に関与することが知られており、本症例も単一原因ではなく多因性の突発的心停止であった可能性もあります。
また、採精補助として投与したオキシトシンを大量投与した場合、末梢血管拡張による血圧低下を引き起こすことがあり、麻酔下では循環抑制作用が増強される可能性がありますが、今回使用した投与量(50IU)で心停止を引き起こした可能性は低いと考えます。
以上の点から、本症例は麻酔管理中に突発的に発生した急性心肺停止であったと考えられ、現時点では自重による肺の虚脱に伴う肺シャントおよび低酸素血症が主要因として関与した可能性があると考えます。
※3:動脈血中の酸素が不足していることで起きる症状の総称
※4:肺の外側からの圧迫(圧排)により、肺がしぼみ、空気を取り込めなくなる状態
※5:肺の酸素を取り込む機能が低下し、血液がガス交換しないまま心臓へ戻ってしまう現象
なお、現在、病理組織検査を実施しており、引き続き死因の詳細の解明に向けた確認を進めております。病理組織検査の結果が判明次第、園内外の関係者と情報共有し、整理するとともに今後の対策を検討し改めてお知らせいたします。
参考資料
・2月12日付ホッキョクグマ「ゴーゴ」の死亡について(第2報)