更新日:2026.05.11伊藤博文と金沢別邸 豆知識シリーズNo.7 ~紙幣の肖像画~
伊藤博文と金沢別邸 豆知識シリーズNo.7 ~紙幣の肖像画~
現在発行されている1万円札には渋沢栄一、5千円札には津田梅子、千円札には北里柴三郎が採用されています。
実は、この三人と伊藤博文の間には、意外な関わりがありました。
・伊藤博文と渋沢栄一
「日本資本主義の父」と呼ばれる実業家の渋沢栄一は、伊藤博文と親密な関係にありました。渋沢は伊藤を「最も親密なる友人」と評しており、近代国家建設という共通の目標に向かって、政治と経済の両面から協力し合う関係でした。
・伊藤博文と津田梅子
津田梅子は、後に津田塾大学を創設する女子教育の先駆者です。
彼女は岩倉使節団に同行して渡米した際、同じく副使として参加していた伊藤博文と面識がありました。
帰国後、日本での定職探しに苦労していた時期に、伊藤博文の家に寄寓し、彼の娘の家庭教師を務めていた時期があります。
明治の元勲と女性教育者という、一見すると異なる分野の人物の意外な接点と言えます。
・伊藤博文と北里柴三郎
1894年、香港でペストが大流行すると、当時の内閣総理大臣・伊藤博文は国家危機と捉え、北里柴三郎らを中心とする調査団を急派しました。北里は現地でペスト菌の解明に取り組み、帰国後は検疫強化などの防疫策を提言。
伊藤の迅速な判断と北里の行動が、日本の公衆衛生の向上に大きく貢献した出来事として知られています。
伊藤博文も、かつて千円札の肖像として採用されていました。シニア世代のかたは、見覚えあると思います。
この千円札は1963年(昭和38年)から1986年(昭和61年)まで発行されていました。
伊藤博文が紙幣の肖像に選ばれたのは、彼が日本の近代化に尽力した初代内閣総理大臣だったからです。
歴史的に重要な人物として、当時の日本がその功績を讃えた証でもあります。
肖像は細かい線や陰影を再現するため、写真ではなく画家による肖像画が元になっています。
お札のデザインには肖像だけでなく、すかしや細かい模様、文字にまで当時最新の防偽技術が施されていました。
なお、伊藤博文の1000円札は現在も法定通貨として使用できます。ただし、ATMや自動販売機、自動レジでは使用できない場合が多く注意が必要です。また、保存状態や記番号によっては額面以上の価値がつくこともあるそうです。

旧伊藤博文金沢別邸(横浜市指定有形文化財)