財団法人横浜市緑の協会

 

岸根公園 Kishine Park

岸根公園

概要

野島公園とは

野島公園は、横浜市最南部平潟湾入口に浮かぶ小さな島の公園で、歌川広重に描かれた「野島夕照」で知られています。海抜57m の野島山を中心としてバーベキュー場、キャンプ場、野球場などの施設を備え、展望台からは横浜の海はもちろん、房総半島や富士山まで360 度の景色を見ることができます。野島貝塚など、市の歴史を感じる事のできるスポットもあります

展望台

展望台は海抜57m、眼下には隣接する海の公園や八景島が広がり、晴れた日には遠く丹沢、富士の山並みや房総半島を望むことができ、平潟湾の夕照は昔と変わらない美しさを楽しむことができます。

自然海浜

人工の埋め立てなどが一切されていない野島海岸は、横浜市でただ1つ残された自然海浜です。海の中には、たくさんの生き物にあふれ、海岸清掃やアマモの再生などの市民活動も行われています。

野島貝塚

野島貝塚は昭和20 年代前半に小発掘が繰り返され、その存在が明らかにされた縄文時代早期後葉の遺蹟で、市域において現存する最古の貝塚です。

旧伊藤博文金沢別邸

旧伊藤博文金沢別邸は、初代内閣総理大臣を務めた伊藤博文公により、明治31年(1898)に建てられた茅葺寄屋根の田舎風海浜別邸建築です。平成18年(2006)11月、横浜市指定文化財に指定されましたが、建物の老朽化が著しかったことから、平成19年(2007)、現存しない部分を含め創建時の姿に復元することになり、平成21年(2009)10月に庭園と併せて竣工しました。本施設は内外共ご自由に見学いただけます。

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基本情報

面積 -
所在地 神奈川県横浜市金沢区野島町24
交通 京浜東北・根岸線「新杉田駅」、京浜急行線「金沢八景駅」より金沢シーサイドライン「野島公園駅」下車 徒歩5分
お問合せ 野島公園 管理センター EL:045-781-8146
駐車場 野島公園第1駐車場(104台)/第2駐車場(52台)あり
料金:1時間200円 以降30分:100円、利用時間:7:00~23:00
その他 野球場、バーベキュー場、キャンプ場、旧伊藤博文金沢別邸あり

野島公園の歴史

野島はかつて独立した孤島であったものが、乙舳(おっとも)海岸の砂州が伸びだして、州崎村と陸続きになったものです。海抜57mの山頂付近には、縄文時代早期の野島式土器が発見された野島貝塚があります。貝塚からは石器や骨角器も出土していますから、約8000年以上も前から漁民の生活があったことになります。また、鎌倉期の安貞元年(1227年)には、園内に野島稲荷神社が建立され、現在も地域の鎮守として親しまれています。

江戸時代に入ると野島山は、浮世絵画家歌川広重の描いた「金沢八景」の内、「野島の夕照」として描かれるなど、景勝地として賑わいました。

また、金沢区内では新田開発が積極的に行われ、土地の土豪である永島亀巣が新田(泥亀新田)を完成させました。この功績を讃えた石碑が現在公園近くの永島亀巣の旧宅跡である私有地内に遺されています。新田は明治期に蓮田となり、戦後まで金沢の名物として親しまれるとともに、永島邸にはボタン園が作られ、多くの見物客で賑わったといいます。その由来から、ボタンは金沢区の花として指定されています。明治30年には明治維新の元勲であった伊藤博文が、野島に茅葺屋根の田舎家風意匠をもつ別荘(博文邸)を建築しました。この博文邸は、明治憲法起草の地となった「夏島別荘」とは別のものですが、その風光明媚な立地から、大正天皇や当時の皇太子裕仁親王(昭和天皇)をはじめ、多数の皇族や政府高官が訪れました。

博文邸はこの時期、野島周辺を含む金沢が東京近郊の別荘地であったことを物語っており、海浜地区に建つ別荘建築の様相を現在に伝える貴重な遺構として、市の文化財指定を受けるなど歴史的資産として高い文化価値を有しています。(※博文邸は平成21年(2009)10月に庭園と併せて竣工しました。本施設は内外共ご自由に見学いただけます。)

また、昭和20年(1945年)に運河開削によって島となった野島は、本土防衛のため基地化され、軍の飛行機を格納するためのトンネルが掘られました。そのトンネルは現在も存在していますが、安全上の問題から立ち入り禁止となっています。
⇒(財)横浜市青少年育成協会HP(http://www2.ocn.ne.jp/~yyda2/program/program.html)より一部抜粋

浮世絵画家・歌川広重の描いた「金沢八景」